「過剰」すぎる人々はわれわれに何を残して逝ったのか? 2024年を振り返る(前編)【近田春夫×適菜収】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「過剰」すぎる人々はわれわれに何を残して逝ったのか? 2024年を振り返る(前編)【近田春夫×適菜収】

【隔週連載】だから何度も言ったのに 第77回

楳図かずお

 

◾️音楽家としての楳図かずおの虚無感

 

適菜:漫画家じゃなくて音楽家としてですか?

近田:そう。楳図さんが75年にシンガーソングライターとして発表した『闇のアルバム』というアルバムが傑作なんですよ。まるでデヴィッド・ボウイが歌うみたいな虚無感に包まれていてさ。また、郷ひろみのシングル「寒い夜明け」に楳図さんが提供した歌詞では、女の子と別れる朝の酷薄な男の言い繕いを、あくまでも男性アイドルに似合う綺麗事として描いている。その絶望感ったらない(笑)。

適菜:楳図さんには、そういった側面もあったんですね。

近田:楳図さんは、僕がやってた近田春夫&ハルヲフォンというバンドのファンでもあったんですよ。当時大人気だった『まことちゃん』を読んでいると、劇中のテレビ画面に、ハルヲフォンの演奏シーンがよく描かれていたの。ちなみに、ブラウン管に登場した他のアーティストは、クールスとイルカだった。

適菜:不思議な取り合わせですね。

近田:そんなつながりもあって、僕は、自分のソロシングルに関して、楳図さんに作詞を依頼したんです。79年の「エレクトリック・ラブ・ストーリー」と「ああ、レディ・ハリケーン」の2枚がそう。フィリップ・K・ディックの小説すら彷彿とさせる、この世ならざるSF感に満ちた楽曲となりました。

適菜:漫画家としての楳図さんは、『わたしは真吾』など、現代を予見する作品を発表していますよね。

近田:でもさ、あの人、インターネットみたいなハイテクとはまったく無縁の、アナログな人なのよ。だから、何でああいう漫画が描けたのか、不思議でしょうがない。

適菜:知識とは別の、直観みたいなものを備えていたんですかね。

近田:大体、自動車に乗るのも嫌なぐらいなんだから。楳図さんと僕は、京都にある大学の学園祭に呼ばれたことがあるんですよ。その時、楳図さんは、京都駅から結構遠い場所にあるキャンパスまで、学生のこぐ自転車の後ろに乗って移動したのよ(笑)。

適菜:タクシーにすら乗りたくないんですか。その光景、見てみたかったですね。文化人の枠では、谷川俊太郎さんが11月に亡くなりました。

近田:正直言うと、詩人としての谷川俊太郎の魅力というのは、俺の胸にピンと来ることはなかったんですよね。せいぜい、ああ、『鉄腕アトム』の主題歌を作詞した人かっていうぐらいでさ。

適菜:今回の訃報を受け、一部で話題になっていましたが、60年代に、谷川さんはLSDの摂取体験をラジオで実況中継してるんですよね。そのレポートも、雑誌に発表しています。

近田:ウィリアム・バロウズとかアレン・ギンズバーグみたいなことを、日本の詩人もやってたわけだ。まあ、LSDが法的に規制されていなかった時代だったもんね。コンプライアンスに厳しい現在のメディアでは、もはや許されない。戦後しばらくの時期の芸人は、寄席の楽屋でまだ合法だったヒロポンを打ったりしていたんだから、ちょっと隔世の感がありますよね。

適菜:今年亡くなった著名人のうち、個人的に知っている人だと福田和也さんが挙げられます。

近田:彼の死には驚きましたよ。ずいぶん若かったからね。だって、まだ63歳だったわけでしょ? 長年、ずっと調子が悪かったという事実は、亡くなってから知ったんだけど。

適菜:私は、2005年からの5年間、今はなき「CIRCUS」という月刊誌に連載されていた福田さんと石丸元章さんの対談を構成していたんですよ。毎号、とんかつの店で対談したのですが、『男の教養 トンカツ放談』という書名で一冊にまとめられています。

近田:とんかつか。確かに、食通というより、大食漢というイメージが色濃かったよねえ。その辺は、ある種の自己演出があったのかもしれないけれど。

適菜:その連載を始めた頃は、パブリックイメージ通りのパンパンだったけど、最後の方になると、すごく痩せましたね。近田さんは、福田さんとは私的な交流はあったんですか?

近田:最初は、亡くなった坪内祐三さんに紹介されたんだと思います。ただ、自分と付き合ってる限りでは、暴飲暴食だとか、無頼だとか豪快だとかいう印象を与えることはなかったね。具体的に何だったかは忘れちゃったけど、何かで、向こうが一方的に約束を違えるようなことがあって、それで、売り言葉に買い言葉みたいな感じで喧嘩してさ、一旦縁が切れちゃった。そうしたら、ある日、「福田和也さんがあなたを友達追加しました」というLINEの通知が来たから、以前の経緯も忘れてたし、「元気?」とメッセージを送ったわけ。でも、返事は来ずに、それっきり。今思えば、すでに体調が悪化していたのかも。

適菜:多岐にわたるジャンルにおいて膨大な著作を遺した福田和也にとって、結局、本当に書きたかったことは何だったのかと考えちゃうんですよ。

近田:なるほど。もう一回会えたなら、それを聞きたかったよ……。ちなみに、適菜さんにとって、本当に書きたい、芯の部分というのは?

適菜:ムカつく奴っているじゃないですか。ああいう連中を懲らしめたい。

近田:いいねえ。気が合いますよ(笑)。

 

構成・文:下井草 秀 

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近田春夫×適菜収/下井草秀

ちかだ はるお×てきな おさむ/しもいぐさ しゅう

近田春夫(ちかだ はるお)

音楽家。1951年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部中退。1975年に近田春夫&ハルヲフォンとしてデビュー。その後、近田春夫&ビブラトーンズ、ビブラストーン、President BPM名義でも活動する一方、タレント、ラジオDJ、CM音楽作家、作詞家、作曲家、プロデューサーとして活躍。現在は、バンド「活躍中」、ユニット「LUNASUN」のメンバーとしても活動する。文筆家としては、「週刊文春」にJポップ時評「考えるヒット」を24年にわたり連載。著書に『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』(リトルモア)、『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』『グループサウンズ』(ともに文春新書)など。最新刊は宮台真司氏との共著『聖と俗  対話による宮台真司クロニクル』(KKベストセラーズ)。

 

適菜収(てきな・おさむ)

作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?』(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム近代的人間観の超克』(文春新書)、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』、『国賊論 安倍晋三と仲間たち』、日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』『日本をダメにした新B層の研究(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、最新刊『コロナと無責任な人たち』『安倍晋三の正体』『自民党の大罪』(祥伝社新書)など著書40冊以上。「適菜収のメールマガジン」も配信中。https://foomii.com/00171

 

下井草 秀(しもいぐさ しゅう)

1971年宮城県生まれ。エディター/ライター。音楽、映画、書籍といったカルチャーに関する記事を「TV Bros.」「POPEYE」などに寄稿。また、照山紅葉(秦野邦彦)との「ダミー&オスカー」、川勝正幸との「文化デリック」としてユニット単位でも活動する。これまでに構成・執筆を手がけた単行本に、細野晴臣・星野源『地平線の相談』(文藝春秋)、横山剣『僕の好きな車』(立東舎)、ジェームス藤木『ジェームス藤木 自伝』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、近田春夫『調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝』(リトルモア)、同『筒美京平 大ヒットメーカーの秘密』『グループサウンズ』(文春新書)などがある。取材・構成を行った最新刊は、宮台真司・近田春夫『聖と俗 対話による宮台真司クロニクル』(KKベストセラーズ)。

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